大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)18号 判決 1960年5月02日

控訴人 林寅衛

被控訴人 大塚富雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年七月一七日以降完済まで年一割八分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、

一、控訴人従前主張の金三〇〇、〇〇〇円の消費貸借は控訴人と被控訴人の代理人村井某との間に成立したものである。すなわち、被控訴人は当時右村井に対し鋸製造機械の購入並びに資金の調達を委任していたものであり、村井は右委任に基く権限によつて右金員消費貸借を締結したものである。

二、かりに右村井に前記金員消費貸借締結の代理権限がなかつたとしても、同人は右消費貸借締結につき被控訴人の表見代理人である。すなわち、被控訴人は当時村井に対し(い)鋸製造機械を購入すること、(ろ)右機械の取付を第三者に請負わせること、(は)右機械購入資金を調達すること等の代理権限を与えていたものであるところ、右金員消費貸借締結にあたり村井は控訴人に対し被控訴人の氏名を自称し、被控訴人の印鑑を持参しこれを押捺して借用証(甲第一号証)を作成交付したほか、右印鑑証明書(同第二、第一〇号証)及び担保に提供すべき被控訴人の母大塚ヨツ名義の不動産の権利証(甲第四ないし第八号証)とその登記簿謄本(同第三号証)等を差入れたのであるから、控訴人としては村井に被控訴人を代理して右金員消費貸借を締結する権限ありと信ずべき正当の理由を有していたものである。

以上の次第で被控訴人は前記金員消費貸借による金員支払の責を免れ得ないものである。

と述べ、被控訴代理人において「控訴人主張の前記一、二の事実につき、被控訴人は昭和三三年七月一七日以前において訴外村井克已(控訴人のいう村井某)に対し鋸製造機械の月賦購入を申込んだところ、右村井はそれには被控訴人の印鑑、印鑑証明書及び不動産登記関係書類が必要だから一時預けるようにというので、控訴人主張の甲号各証を村井に預けたことはあるが、同人に対し資金の調達を委任したことは勿論控訴人主張(い)(ろ)(は)のような代理権限を与えたこともない。控訴人主張の金員消費貸借は右村井が被控訴人の氏名を詐称し、控訴人もまた村井を被控訴人本人と誤認して締結したもので、被控訴人の全くあずかり知らないものである。なお、被控訴人は控訴人に対し金六〇、〇〇〇円を手交したことはあるが、右は村井から送金されたが、被控訴人としては預り置く筋合のものでないので、昭和三四年一月八日控訴人方を訪れ、その事情を告げてこれを手渡したものであつて、右消費貸借による債務の弁済として支払つたものではない。」と述べ、証拠として控訴代理人において新たに甲第一〇号証を提出し、当審証人栗城新吾、林モト、林利喜衛の各証言を援用し、被控訴代理人において甲第一〇号証の成立を認めたほかは、原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。

理由

先ず控訴人は、控訴人と被控訴人との間に控訴人主張のような金員消費貸借が成立した旨主張するのに対し、被控訴人はこれを争い、右金員消費貸借は訴外村井克已が被控訴人の氏名を詐称して控訴人と締結したもので、被控訴人のあずかり知らないものである旨主張するので、この点を判断する。

原審証人大塚ヨツ、大塚美恵子、原審及び当審証人栗城新吾、当審証人林モト、林利喜衛の各証言並びに原審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果(ただし控訴人については後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、昭和三三年七月一六日頃訴外栗城新吾の紹介で被控訴人の氏名を自称する者と控訴人との間に控訴人主張のとおりの金三〇〇、〇〇〇円の消費貸借が成立し、右自称被控訴人から控訴人に対し右自称被控訴人が被控訴人名義で作成したその旨の借用証(甲第一号証)を差入れると共に、被控訴人の母ナツの所有にかかる会津若松市滝沢町字滝沢町七〇番宅地六五坪外宅地一筆及び建物二棟の登記済証五通(甲第四ないし第八号証)と被控訴人名義の印鑑証明書二通(甲第二、第一〇号証)を右貸金債権の担保(該債権につき期限までに弁済のないときは控訴人がこれらの書類によつて右不動産を処分し得る趣旨)として交付したが、その数日後右自称被控訴人が真実の被控訴人本人ではなく、村井某が被控訴人の氏名を詐称していた者であることが控訴人にも判明したこと及び右金三〇〇、〇〇〇円の消費貸借については被控訴人はなんら関知していないことが認められる。前掲控訴人本人尋問の結果中被控訴人が右金員消費貸借を追認した旨の部分は前掲被控訴人本人尋問の結果に照し信用し難く、他に右認定を動すに足る証拠はない。そうすると特別の事情のない限り前示金員消費貸借は控訴人と被控訴人間に成立したものとはいい得ないから、その控訴人被控訴人間の成立を前提とする控訴人の前記主張は採用できない。

次に控訴人は前記村井某に前示金員消費貸借の締結につき被控訴人を代理する権限があつたと主張するけれども、村井にそのような代理権限のなかつたことは前記認定事実に徴し明らかであるから、採用できない。

そこで控訴人の権限踰越による表見代理の抗弁について案ずるに、かりに右村井に控訴人がこの点につき主張するような(い)(ろ)(は)の代理権限があつたとしても、もともとこの表見代理の規定(民法第一一〇条)は代理人がその権限外の行為をした場合にこの代理人にその権限ありと信じてこれと取引をする相手方を保護して取引の安全を図ろうとするものであると解されるところ、前記認定事実によれば、控訴人は前示金員消費貸借締結にあたり村井に被控訴人を代理する権限があると信じたのではなく、被控訴人と詐称する村井を被控訴人本人と誤認してこれと取引したのであるから、この場合表見代理の観念を容れる余地はなく、従つて右抗弁もまた採用できない。

以上の次第で控訴人の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 有路不二男 上野正秋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例